photo
ニュース
2024.04.12

【連載㉑】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」:首席指揮者 ディエゴ・マテウス インタビュー

WEB連載「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」では、3月23日の東京公演をもって閉幕した「コジ・ファン・トゥッテ」舞台裏の模様を引き続きレポートしてまいります。第21回は、首席指揮者ディエゴ・マテウスにインタビュー。今年のオペラ・プロジェクトについて振り返ってもらいました。


宮本 明(音楽ライター)

──《コジ・ファン・トゥッテ》を終えて、手応えを聞かせてください。

私にとって初めてのモーツァルトのオペラに音楽塾で取り組むことができたのは、とても素晴らしい経験でした。オーケストラ、歌手、そして舞台裏で働くすべてのスタッフのおかげで、素晴らしい仕事ができたと思います。音楽面や人間関係の面で非常に豊かな経験となりました。

──直前のウィーン国立歌劇場デビューおめでとうございます。ウィーン・フィルと《セビリャの理髪師》を作る仕事と、ここで若いメンバーに教えながら《コジ・ファン・トゥッテ》を作る仕事。マテウスさんにとって、どのように同じでどのように異なりますか。

ウィーン・フィルと音楽塾の両方で仕事をできたことは、とても重要でした。ウィーン・フィルはもちろんすでに確立されたオーケストラであり、偉大な音楽家たちの集まりです。いっぽう音楽塾には、スーパーな才能を持った若い音楽家たちによる高いレベルのオーケストラがあって、彼らは経験を積みながら成長しています。両者の最大の類似点は、私自身がどちらからも多くのことを学べるということです。とくに音楽塾の若いオーケストラは、ものすごく柔軟性があって、私たちも彼らと一緒に新しいことを経験できるのです。

──小澤さんはずっと「シンフォニーとオペラは車の両輪だ」と主張していました。若い器楽奏者たちにとって、オペラのオーケストラで弾く経験がどのような成果をもたらすと思いますか。

オペラは多くの柔軟性を与えてくれます。フレージングに、ブレスに、奏者同士のコミュニケーションに。そしてオペラは聴くことを教えてくれます。音楽家にとって最も必要な資質は、「聴く」ことを知っているかどうかです。オペラはそれを教えてくれるのです。

──「聴く」ことについて、声のアンサンブルと、器楽のアンサンブルとで違いはあるのでしょうか。

聴くことに関しては、声のアンサンブルでも器楽のアンサンブルでも違いはありません。聴く芸術であることはすべての音楽で同じです。しかしもちろん、オペラの主要な楽器は声であり、声はいつも同じではありません。歌い手はみんな違うし、同じ歌手でも毎日違います。だから歌を聴くときにはとりわけ注意を払う必要があります。でも音楽という芸術において、聴くことは共通しています。

──小澤さんは、そしてあなたは、若い奏者にオペラを体験させることで、彼らに何を授けたいと考えているのでしょうか。

私は、指揮者の役割が、オーケストラと歌手と合わせることだけではないと信じています。とくに音楽塾での指揮者の役割は、若いオーケストラを教え、導くことです。どのように聴くのか、歌手と一緒にどうブレスしてどうフレージングするのか、休符をどう解釈するのか。たんに合わせる、ということを超えた、はるかに重要な役割があるのです。
もちろん私はマエストロ小澤が「聴く」ことをとても大事にしていたことを知っています。私はその教えの忠実な信奉者です。私にとっても、それこそが音楽の基本です。

──このオーケストラの長所はどんなところですか。

非常に若い、でもとても良いレベルのオーケストラです。彼らはスピーディに学びとることができるし、信念と熱意を捧げながら、学習し、準備し、結果を出すことができます。このプロジェクトを心から信じて取り組むオーケストラであり、彼らは、小澤さんがしてくれたことのすべてに心から感謝しています。

──昨年は音楽塾以外に東京二期会の《トゥーランドット》も指揮されましたが、日本の歌手たちの実力をどのように評価していますか。日本のオペラ事情をどう感じていますか。

まず素晴らしいのは事前の準備です。非常に高いレベルで準備をしてきてくれる日本の歌手のみなさんが大好きです。
日本も私の母国ベネズエラも、クラシック音楽においては若い国だと言えるでしょう。まだ学びの最中で、ヨーロッパほど発展した声楽の訓練機関もありません。しかし日本にはオペラと歌手たちへの敬意があり、とても良い道を歩んでいると思います。ハイレベルなオペラ制作が行われていますから、多くの良いアーティストたちが育つ、素晴らしいオペラの国になると思います。

──音楽塾では京都の小学生のための公演も行なっています。オペラがもっと広い層に親しまれるためのアイディアを教えてください。

私もそれを長い間考えていますが、日本だけでなく、世界的な問題ですね。若い人々にオペラを見てもらうとき、私はそれが自然なプロセスでなければならないと考えています。
いっぽう、オペラを愛し崇拝する人々、つまりすでにオペラの観客である方々についてはあまり心配していません。年配の人々であるかもしれませんが、長年の観客であり、世界中でオペラの成長を支えてきた人々です。

──最後に音楽以外のことで3つ教えてください。

1)リハーサル中に何度も、「散歩しながらチョコレートのアイスクリームを食べるみたいに楽しく!」と言っていました。アイスクリーム好きなのですか?
アイスクリームもチョコレートも好きですが、正直に言うと、私はしょっぱいもの派です。

2)オーケストラに、「遠くに音を飛ばせ」と指示して、客席に向かって『ドラゴンボール』の「カメハメ波」のポーズをやっていましたね。
それほどの大ファンというわけではないのです。子どもの頃に見てカメハメ波だけを覚えている程度で、あのときはそれが頭に浮かびました。

3)日本でお気に入りの場所や食べ物はありますか。
お気に入りの店はたくさんあります。日本食も大好きですが、京都だったら木屋町のイタリアンバルとか、焼肉、焼き鳥など。東京のベポカというペルー料理のお店も大好きです。素晴らしい友人であるトランペットの高橋敦さんが、いつも美味しいお店を教えてくれるのです。私は彼のアドバイスを完全に信用しています。

──ありがとうございました。来年もまた、若いオーケストラと一緒に素晴らしい《椿姫》を聴かせてください。楽しみにしています。

 

 


【連載】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」
イントロダクション
#1
#2 オーディションに挑む若き音楽家たち─音楽塾の“主役”、塾生オーケストラ
#3 小澤征爾音楽塾展2024
#4 歌手リハーサル開始!
#5 塾オケリハーサル初日
#6 塾オケリハーサル 2日目─楽器ごとの分奏
#7 小澤征爾音楽塾合唱団─根本卓也さん(合唱指揮)インタビュー
#8 塾オケリハーサル 3日目─弦楽パートのリハーサル
#9 塾オケリハーサル 5日目─カヴァー・キャストとの初合わせ
#10 小澤征爾音楽塾展2024─小澤征爾塾長のスコア
#11 京都リハーサル初日
#12 バックステージツアー
#13 原田禎夫副塾長のスピーチ
#14「子どものためのオペラ」とメインキャストのリハーサル
#15「子どものためのオペラ」楽器紹介編
#16 ゲネプロ
#17 元塾生・大宮臨太郎さん(NHK交響楽団 第2ヴァイオリン首席奏者/サイトウ・キネン・オーケストラ ヴァイオリン奏者)インタビュー
#18 原田禎夫副塾長インタビュー
#19 カヴァー・キャスト 中川郁文さん(ソプラノ)と井出壮志朗さん(バリトン)インタビュー
#20 本番
#21 首席指揮者 ディエゴ・マテウス インタビュー
#22 番外編
#23 取材を終えて

/