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2024.02.27

【連載③】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」:小澤征爾音楽塾展2024

WEB連載「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」では、3月15日にロームシアター京都で初日を迎える「コジ・ファン・トゥッテ」の幕が開くまで(そして開いてからも)をレポート。第3回は、現在ロームシアター京都「ミュージックサロン」で開催中の小澤征爾音楽塾2024について。


宮本 明(音楽ライター )

 1月中旬から、ロームシアター京都の「ミュージックサロン」(パークプラザ3F)で、恒例の「小澤征爾音楽塾展」が始まっている。音楽塾について、今年の演目《コジ・ファン・トゥッテ》について、さまざまな情報を得ることができる無料イベント。3月の公演の予習にはもってこいだし、じつはそれにとどまらない画期的な価値があると思うのでぜひ。展示内容をご紹介しよう。
なお、以下の記事は小澤征爾氏の逝去前に書いたものだ。送稿後、事務局が掲載準備を進めるあいだに訃報が届いた。本文はあえて書き直していないのだけれど、もし、そのせいで適当でないと感じられる表現があったらどうかお許しいただきたい。

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入り口に入る前から、正面に塾長・小澤征爾の大きな写真が見える。最初は小澤征爾音楽塾とはなにか、そのあゆみを俯瞰できるコーナーだ。順路を進むと(といってもコンパクトな展示なので、真ん中に立てばほぼ全容を一望できる)、《コジ・ファン・トゥッテ》のあらすじや、今回のプロダクションの衣裳スケッチ、舞台写真(装置・衣裳:ロバート・パージオーラ)。さらには1969年、34歳になる直前の小澤征爾がザルツブルク音楽祭で指揮した《コジ・ファン・トゥッテ》の写真や、音楽塾首席指揮者であるディエゴ・マテウスが指揮した昨年の《ラ・ボエーム》の舞台写真。演出家デイヴィッド・ニースの紹介などが並ぶ。

そして今回の目玉となるのが2つの展示。映像と楽譜だ。関東の人も、これを見るためだけにでも京都まで足を運ぶ価値があると思う。大袈裟でなく。

映像のほうは、この音楽塾2回目の2001年に上演した《コジ・ファン・トゥッテ》(※今回とは別演出)。といっても、なんと舞台上はいっさい映さず、終始オケピットの小澤征爾を捉えた未公開映像だ。小澤に限らず、オペラ本番のピット内だけを撮り続けた映像というのはなかなか見ることがないだろう。オーケストラ・メンバーになったつもりで、モーツァルトを小澤征爾と共有できる。小澤の指揮技術はもちろんだけれど、その表情や目線から、アンサンブルを作り上げるためのさまざまな意図を知ることができると思う。今のところ、今後この映像を公開する予定はないそうだから、ここでしか見ることのできない、かなり貴重な記録だ。

映像を見た若いスタッフさんが「驚いた」と話すのを聞いてこちらが驚いたのだけれど、小澤は暗譜で指揮している。というか、小澤征爾が本番で楽譜を見て振っているのを見たことがない。若い人たちもぜひ知っておいてほしい。巨大なマーラーでも長大なメシアンのオペラの初演でも、すべて暗譜。共演した演奏家たちに聞くと、その暗譜の精度はすさまじく、たとえ演奏に不測の事故が起こっても、あっというまにリカバリー・ポイントを見い出して、棒と目で指示を与えてくれる。当たり前だが、音楽の流れでなんとなく憶えているのではなく、頭のなかで写真のように完全にビジュアルとして憶えているのだろう。もちろん、暗譜自体に音楽的な価値があるということではないと思うけれど、小澤自身、演奏者と目と目で意思疎通できること、アイコンタクトが取れることがとても大切だと語っていたことがある。颯爽としたバトン・テクニックに目が行きがちだけれど、そうではないところで音楽を作ってきた指揮者なのだ。

さらに今回、そのスクリーンの傍らの譜面台に、当時小澤が使用した、手書きの書き込みのあるスコアが置いてある。実物ではなく複製ではあるものの、自由にめくって閲覧してよいというもの。もしあなたが訪れた時に、運よく他にお客さんがいなければ、上述の指揮映像とスコアを照らし合わせながら見ることもできそうだ。もちろん、こっそり指揮をしてしまってもいいだろう。それが小澤征爾とうまくシンクロすれば束の間、“世界のオザワ”に指揮のレッスンを受けているような、ハッピーな気分に浸れるはずだ。

ちなみに映像は序曲と第1幕の抜粋の約40分間。収録されているのは以下の部分なので、もし“予習”していく人はご参考まで。

  • 序曲
  • 第1曲:フェルランド、グリエルモ、ドン・アルフォンソの三重唱「僕のドラベッラは」(途中まで)
  • 第2曲:三重唱「女たちの貞淑はアラビアの不死鳥のようなもの」(途中まで)
  • レチタティーヴォ(ドン・アルフォンソ、グリエルモ、フェルランド):「まあ、落ち着いて」〜「軍人の名誉にかけて」
  • 第4曲:フィオルディリージとドラベッラの二重唱「ああ見てちょうだい」
  • 第5曲:ドン・アルフォンソのアリア「お話ししたいが勇気がない」
  • 第10曲:フィオルディリージ、ドラベッラ、ドン・アルフォンソの三重唱「風が穏やかに、波が静かに」
  • 第12曲:デスピーナのアリア「男たちに!兵士たちに貞節を?」(途中まで)
  • 第13曲:六重唱「麗しいデスピネッタに紹介しよう」
  • 第14曲:フィオルディリージのアリア「私の心は岩のように動かない」
  • 第16曲:ドン・アルフォンソ、フェルランド、グリエルモの三重唱「君たち、笑っているね?」
  • 第17曲:フェルランドのアリア(後半)「僕たちの尊い愛の息吹」
  • 第18曲(第1幕フィナーレ):(抜粋)

 

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訃報を受けて、ひとつだけ原稿のウソを白状しておく。文中、共演者から聞いた話として書いたことには、自分自身の体験も含まれている。もう40年以上前、自分が所属していたアマチュア合唱団を小澤さんが気に入ってくださり、大学1年生の時に初めて小澤さんの指揮で歌った。新日本フィルとのマーラーの交響曲第8番だった。われわれとの初顔合わせの合唱練習で小澤さんがおっしゃったのが「暗譜してくれているので目でコンタクトがとれていい」というひとことだった。

その後もほぼ毎年、小澤さんは数々の機会を与えてくださり、合唱団としての共演回数は2002年までじつに99公演に及ぶ。ベルリン・フィルの定期演奏会やサイトウ・キネン・フェスティバル松本への出演など、素人音楽家のわれわれに、あり得ない貴重な体験を積ませてくれた。感謝しかない。

若手音楽家を育成する小澤征爾音楽塾の理念を否定する人はいないだろう。小澤さんののこした大事な宝物。それをさらに多くの音楽ファンに見守ってもらえるよう、3月の公演まで、若い塾生のみなさんの奮闘ぶりをレポートしてゆきたい。


【連載】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」
イントロダクション
#1
#2 オーディションに挑む若き音楽家たち─音楽塾の“主役”、塾生オーケストラ
#3 小澤征爾音楽塾展2024
#4 歌手リハーサル開始!
#5 塾オケリハーサル初日
#6 塾オケリハーサル 2日目─楽器ごとの分奏
#7 小澤征爾音楽塾合唱団─根本卓也さん(合唱指揮)インタビュー
#8 塾オケリハーサル 3日目─弦楽パートのリハーサル
#9 塾オケリハーサル 5日目─カヴァー・キャストとの初合わせ
#10 小澤征爾音楽塾展2024─小澤征爾塾長のスコア
#11 京都リハーサル初日
#12 バックステージツアー
#13 原田禎夫副塾長のスピーチ
#14「子どものためのオペラ」とメインキャストのリハーサル
#15「子どものためのオペラ」楽器紹介編
#16 ゲネプロ
#17 元塾生・大宮臨太郎さん(NHK交響楽団 第2ヴァイオリン首席奏者/サイトウ・キネン・オーケストラ ヴァイオリン奏者)インタビュー
#18 原田禎夫副塾長インタビュー
#19 カヴァー・キャスト 中川郁文さん(ソプラノ)&井出壮志朗さん(バリトン)インタビュー
#20 本番

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