【連載⑥】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」:塾オケリハーサル 2日目─楽器ごとの分奏
WEB連載「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」では、3月15日にロームシアター京都で初日を迎える「コジ・ファン・トゥッテ」の幕が開くまで(そして開いてからも)をレポート。第6回は、3月2日(土)の小澤征爾音楽塾オーケストラ リハーサル2日目の楽器毎の分奏について。
宮本 明(音楽ライター )
小澤征爾音楽塾オーケストラのリハーサル2日目は、午前中の分奏から始まった。分奏というのはパートごとに分かれての練習のことで、以下のように部屋を分けて行われた。
・ヴァイオリン
・ヴィオラ
・チェロ
・コントラバス
・木管(ホルン含む)
・トランペット
・ティンパニ
ヴァイオリンの部屋を覗かせてもらった。
ヴァイオリン・パートは21人。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが流動的に入れ替わるのは前回レポートしたとおりだ。
練習はチューニングから始まる(A=442Hz)。オーケストラのコンサートに行くと、ついおごそかな儀式のように感じてしまうのだけれど、当然ながらあれはけっして儀式などではない。コンマス席の学生が型どおりにチューニングを終えようとすると、コーチの後藤和子が再実行をうながした。
「同じAの音になっていません。チューニングは大切です。いい加減なままだと耳がルーズになって、アンサンブルをしても、音程もハーモニーもすべてうまくいきません。チューニングはとても大切です」
と数分間。
コーチたちも証言するが、ここにいるメンバーは苛烈なオーディションを通過した精鋭たち。若いとはいえすぐになんでも弾けてしまうぐらいの技術を持っている。もちろん正確に調弦する耳を持っていないはずはないし、きちんとチューニングしなければならないということを知らないはずもない。リハーサル終了後に後藤に尋ねてみた。
「一人ひとりはできているはずです。でもオーケストラで弾く経験が浅いメンバーもいて、アンサンブルの中でやると、ひとりで練習する時と違って自分の音がよく聴こえないことがあるのです。もっと自分の音を聴くことで他の人の音も聴こえるようになる。ソロとは違う、アンサンブルの大事なところです」
優れたソリストがそのまま優れたオーケストラ・プレーヤーであるわけではない。ではアンサンブルに必要なことは何かを考えてやってみる。音楽塾で教えているのはその気づきのところだ。指摘されてやり直したチューニングは、たしかに最初よりも精度が高くなったような気がした。
序曲。今回の副指揮を務めるイタリアの若手指揮者ジャンカルロ・リッツィが指揮をして進める。リッツィがコーチの豊嶋泰嗣にアドバイスを求めた。
「音を同じ長さで。みんなで揃えて切るように」
「弾き始める前のブレスをきちんと」
「p(弱声)を今は少し強くなってもいいからもっと音楽的に。小さくと言われると機械的になってしまっている。一人ひとりがもっとソロのように弾いて。とくに後ろのプルトの人は、怖がらないで。もっとソロのように」
最後の「怖がらないで」という指摘は、全体練習の際に指揮者ディエゴ・マテウスも何度も発していた言葉だった。「Don’t be afraid !」。
ひとつには、豊嶋の指摘のように、ヴァイオリン・パートはトップから最後尾のプルトまで数メートルの距離があるので、どうしても消極的になってしまうという側面があるらしい。たしかに、いろんなコンサートを見ていても、ヴァイオリンが、最後尾の奏者まで全員が弓と身体をいっぱいに使って弾いているオーケストラほど良い演奏を聴かせてくれるように感じるものだ。
それだけでなく、上記の後藤の言葉にもあるように、オーケストラの経験が浅い、あるいは初めて経験する若いメンバーもいるため、全体からはみ出てしまったら恥ずかしいとか、いろんなところに怖いと感じる理由はあるようだ。他のあるコーチが塾生にアドバイスしていた。「間違えるなら今だよ。今なら恥ずかしくない。本番が近くなればなるほど恥ずかしくなるから」。なるほど、たしかに。「Don’t be afraid !」だ。
もちろんまだ2日目。アンサンブルに慣れ、メンバー間のコミュニケーションが密になるにつれて、意識も演奏も変わっていくのだろう。コーチ陣やスタッフが口を揃えて言うには、「だんだん」とか「徐々に」ではなく、毎年の音楽塾では、ある時、音がガラッと変わる瞬間があるのだという。ぜひその瞬間に立ち会いたい。
【連載】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」
イントロダクション
#1
#2 オーディションに挑む若き音楽家たち─音楽塾の“主役”、塾生オーケストラ
#3 小澤征爾音楽塾展2024
#4 歌手リハーサル開始!
#5 塾オケリハーサル初日
#6 塾オケリハーサル 2日目─楽器ごとの分奏
#7 小澤征爾音楽塾合唱団─根本卓也さん(合唱指揮)インタビュー
#8 塾オケリハーサル 3日目─弦楽パートのリハーサル
#9 塾オケリハーサル 5日目─カヴァー・キャストとの初合わせ
#10 小澤征爾音楽塾展2024─小澤征爾塾長のスコア
#11 京都リハーサル初日
#12 バックステージツアー
#13 原田禎夫副塾長のスピーチ
#14「子どものためのオペラ」とメインキャストのリハーサル
#15「子どものためのオペラ」楽器紹介編
#16 ゲネプロ
#17 元塾生・大宮臨太郎さん(NHK交響楽団 第2ヴァイオリン首席奏者/サイトウ・キネン・オーケストラ ヴァイオリン奏者)インタビュー
#18 原田禎夫副塾長インタビュー
#19 カヴァー・キャスト 中川郁文さん(ソプラノ)&井出壮志朗さん(バリトン)インタビュー
#20 本番
#21 首席指揮者 ディエゴ・マテウス インタビュー
#22 番外編
#23 取材を終えて