【コラム】小澤征爾音楽塾「コジ・ファン・トゥッテ」に集結する一流の歌手たち
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトの20回目の節目となる2024年公演は、モーツァルトの歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」を上演します。6人のソリストたちの絶妙なアンサンブルが求められる本作に、世界の歌劇場で活躍する豪華歌手陣が集結。オペラ評論家の香原斗志氏に、それぞれの魅力と本作での期待など執筆いただきました。
小澤征爾音楽塾「コジ・ファン・トゥッテ」に集結する一流の歌手たち
文:香原斗志(オペラ評論家)
サマンサ・クラーク
Samantha Clarke
[フィオルディリージ / Fiordiligi]
リリックな声を自然に響かせ、強い表現も装飾歌唱も気張らずにこなせる、若い世代のすぐれたソプラノ。オーストラリア系イギリス人で、ロンドンのギルドホール音楽演劇学校で学び、2019年にゴールドメダルを授与される。その前後から数々のコンクールに入賞し、デイム・エヴァ・ターナー賞などの受賞を繰り返した。現在もオーストラリア音楽財団の支援を受けて活動している。最近の特筆すべき舞台に、西オーストラリア・オペラでの《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》のヴィオレッタ、英グランジ・フェスティヴァルおよび南ブリスベンのオペラ・クイーンズランドにおける《コジ・ファン・トゥッテ》のフィオルディリージなどがある。テクニックが比類なく、バロック・オペラでもすぐれた歌唱を聴かせるが、それ以上にすぐれたモーツァルト歌手である。とりわけ十八番のフィオルディリージでは、充実した声と品位が両立する。世界の一流劇場に進出する日は近いと思われる。
リハブ・シャイエブ
Rihab Chaieb
[ドラベッラ / Dorabella]
コントロールが行き届いた、豊かで艶やかな声を響かせるメッゾ・ソプラノ。チュニジア系カナダ人で、2歳からはカナダのモントリオールで育つ。マギル大学シューリッヒ音楽院やバーデン・バイ・ウィーンのシューベルト音楽院で声楽を学んだのちに、メトロポリタン歌劇場(MET)のリンデマン・ヤング・アーティストプログラムに参加し、2019年に修了した。最近の注目すべき舞台に、ワシントン・ナショナル・オペラでの《コジ・ファン・トゥッテ》のドラベッラ、METでの《アクナーテン》のネフェルティティ、カナディアン・オペラ・カンパニーでの《カルメン》の表題役、ロサンゼルス・オペラでの《フィガロの結婚》のケルビーノ、バイエルン州立歌劇場での《ナブッコ》のフェネーナなどがある。レパートリーは広く、声を制御してどの役にもなりきる。とりわけ自他ともに認めるモーツァルト歌手で、声に余力を残した端正な歌唱、美しい舞台姿と演技はともに比類ない。
ルネ・バルベラ
René Barbera
[フェランド / Ferrando]
磨き上げられたやわらかい声で旋律を最高に輝かせるテノール。メキシコ人の両親のもとアメリカに生まれる。2008年にメトロポリタン歌劇場のナショナル・カウンシル・オーディションに合格、2011年にはプラシド・ドミンゴ主宰のオペラリアで3部門を制し、キャリアを歩みはじめた。その後はミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場など世界の檜舞台で活躍を重ねる。東京の新国立劇場にも《セビーリャの理髪師》のアルマヴィーヴァ伯爵、《ラ・チェネレントラ》のドン・ラミーロで出演。複雑な装飾的パッセージを優雅かつ鮮やかに歌い上げて圧倒的な印象を残した。とりわけドン・ラミーロでは、ハイCを軽々と響かせたばかりか楽譜にないDまで連発し、聴衆を沸かせた。ロッシーニのほかドニゼッティやベッリーニなどベルカント・オペラの諸役が得意だが、もちろん最高のモーツァルトを歌う。それはベルカント・オペラと同様のアプローチによる気品あるモーツァルトである。
アレッシオ・アルドゥイーニ
Alessio Arduini
[グリエルモ / Guglielmo]
モーツァルトの歌唱はこうありたいお手本のような北イタリア出身のバリトン。セクシーで品格が高い歌唱を聴かせる。経営工学科でエンジニアリングを学びつつ歌を修得し、サリーチェ・ドーロ国際コンクール、マリー・クラジャ国際コンクールで優勝後、北伊コモの劇場で《ドン・ジョヴァンニ》の表題役を歌ってデビュー。その後、短期間に英ロイヤル・オペラ・ハウス、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座、メトロポリタン歌劇場、ミラノ・スカラ座、ザルツブルク音楽祭など、世界の主要な歌劇場や音楽祭へデビューを重ねた。最近の特筆すべき舞台に、ハンブルク歌劇場やサン=テティエンヌ・オペラ、セビーリャのマエストランサ歌劇場での《フィガロの結婚》のフィガロ、ローマ歌劇場での《愛の妙薬》のベルコーレ、ミラノ・スカラ座での《ラ・ボエーム》のショナール、トリノ王立劇場での《魔笛》のパパゲーノなど。いま聴いておきたい今後のスター歌手である。
バルバラ・フリットリ
Barbara Frittoli
[デスピーナ / Despina]
旋律を美しくつむいで最高のニュアンスを加える、ミラノ生まれの不世出のソプラノ。1990年のオペラ・デビュー以来、ミラノ・スカラ座をはじめウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ・ハウス、メトロポリタン歌劇場など、世界の主要歌劇場で聴衆に最高の歌唱を提供してきた。とくにヴェルディとモーツァルトを得意とし、日本デビューは2005年、ナポリのサン・カルロ劇場の来日公演で歌った《ルイーザ・ミラー》の表題役だった。このとき旋律を高貴なほど流麗に歌い上げ、それからは来日も多かった。ウィーン国立歌劇場の日本公演では《フィガロの結婚》の伯爵夫人や《コジ・ファン・トゥッテ》のフィオルディリージを歌い、磨かれたレガートと繊細なピアニッシモで聴き手を陶然とさせた。フリットリの歌唱はいつも豊かな情感が知性に裏づけられている。そして経験を重ねた末に披露するデスピーナ。不世出のソプラノが自身のエッセンスを詰めこんだ表現が期待される。
ロッド・ギルフリー
Rod Gilfry
[ドン・アルフォンソ / Don Alfonso]
甘い声によるスタイリッシュな歌唱で魅了する、アメリカを代表するバリトン歌手のひとりだが、ミュージカルなどでの実績もめざましい。グラミー賞に30回ノミネートされ、携わったレコーディングは75以上におよぶというから、スケールが違う。南カリフォルニアで生まれ育ち、カリフォルニア州立大学フラートン校と南カリフォルニア大学で学んだ。1987年以降、フランクフルト歌劇場、続いてチューリッヒ歌劇場のアンサンブル・メンバーとして活動を開始し、すぐにモーツァルトの歌唱で頭角を現した。最近の活躍には、メトロポリタン歌劇場やバイエルン州立歌劇場での《ハムレット》のディーン、ダラス・オペラでの《コジ・ファン・トゥッテ》のドン・アルフォンソ、ヒューストン・グランド・オペラでの《トスカ》のスカルピアなどがある。当たり役のドン・アルフォンソだが、圧倒的な舞台経験があるギルフリーが歌ってこそ、ドラマの柱としての存在感と味わいが期待できる。