本日はありがとうございます。まずはお二人が、音楽塾に参加された経緯やきっかけを教えて下さい。
(猶井)小澤征爾音楽塾のことを知ったのは、宮田大くん(チェリスト)から「すごく良いよ」って聞いたのがきっかけでした。当時は、奥志賀の勉強会(サイトウ・キネン室内楽勉強会)のオーディションも行われていて、たぶんそのオーディションを受けつつ、同じ年の塾にも受かったんだと記憶しています。大学1年生の時だったと思います。
実はこのオーディションを受ける前に、音楽塾の『こうもり』(2003年 オペラ・プロジェクトIV)を観に行ったんです。聴いてみて、「僕と何歳しか違わない人たちの音なのか?」とびっくりしました。そこから、塾に入ることを憧れていましたね。
オーディションの場で初めて小澤さんを拝見しました。演奏会で見たことはあっても、自分の演奏を聴いていただくというのがもう怖すぎて…。あの緊張は今でも忘れられないです。
(横溝)僕も奥志賀のオーディションを受けて、音楽塾にも受かったという流れだったと思います。当時、奥志賀のオーディションは開かれたものではなく“知る人ぞ知る”みたいな感じだったんですよね。猶井くんに「サイトウ・キネン・オーケストラが奥志賀でやってる教育プロジェクトがあって、カルテットを集中的に勉強できるいい場所だよ」って教えてもらったんです。まだインターネットとかも発達していない時代だったから、人づてに応募用紙をもらってオーディションを受けました。あと、僕も宮田大くんから音楽塾の『ラ・ボエーム』(2004年 オペラ・プロジェクトV)に招待してもらって聴きに行きました。恥ずかしながら、その時初めて生のオペラを観たんです。小澤さんがよくおっしゃっている“総合芸術”を目の当たりにして、「やってみたいな」と漠然と思ったのを覚えています。
2006年 猶井さん初参加の時。最初のリハーサルを行った奥志賀高原の合宿場にて、ヴァイオリンの分奏での1枚。写真奥左側、青いシャツ姿が猶井さん。講師には豊嶋泰嗣さん、渡辺實和子さん、松野弘明さんが並んでいる。
お二人とも大学生時代に音楽塾に参加されましたが、高校や大学で学ぶオーケストラの授業と塾での指導の大きな違いはどんなところだと思いますか?
(横溝)僕の場合は桐朋学園のオーケストラの授業との比較になりますが、桐朋では各楽器に専門の先生はつかないんです。基本的には、その公演を指揮する先生が全体練習を指導していました。たまに分奏もしましたが、その楽器の専門の先生が来るというのはほとんどなかったですね。例えば、首席に座ってる人たちが声をかけて自発的にパートの練習を始めたりっていうのが桐朋でのオーケストラ授業でした。それに対して音楽塾は、各パートに必ずその道のプロフェッショナルがついて、一人一人を見て「ここはこうしなさい」「こうしたほうがいい」と指導してくださる。そこが一番大きな違いなんじゃないかなと思いますね。
プロのオーケストラのイロハを知っている方々からのアドバイスって、決して抽象的なことではなく、ものすごく具体的なことなんです。音楽塾では、僕らヴァイオリンの場合は「弓を置いてから弾きなさい」という教育をまず徹底されました。楽器を弾くうえでは当たり前のことなんですけど、どうしても色んな人と音を重ねると、そういう部分をないがしろにして器用に合わせにいこうとする瞬間が生まれるんです。音楽塾では、“合わせるためにみんなで一緒に弓を置いて弾きましょう”という基礎中の基礎を叩きこまれました。安芸晶子先生には、5分に1回くらい「弓を置いて弾きなさい!」って指導されたな(笑)。でもそれって、オーケストラにとってのスタートラインなんです。オーディションを経て選ばれたメンバーなので、楽器を弾くのが上手いのは当たり前。そのうえで、みんなで音を合わせる技術というのを教えてもらいました。
(猶井)同世代の人たちが同じ気持ちになって一緒に弾くという経験は、学校のオケとは一味違いました。リハーサルが始まって最初の1週間くらいは、ずっと分奏してたよね。まずはファースト・ヴァイオリンだけ。その次はファーストとセカンドが一緒に。その次は弦セクションで合奏。それからやっと全体のオケで合わせるっていう流れ。とうとう小澤さんが来るっていう日には、みんな気合がガっと入って、なんだかその段階を踏んでいくのも面白い経験でした。エネルギーの高まりみたいなのが感じられるんですよね。
(横溝)全体で合わせる前にずっと練習してるから、オケで演奏するときにはもう暗譜してるんですよね。ファーストとセカンド・ヴァイオリンは練習の途中で交代したりするので、4パート暗譜してるみたいになるんです。若いし、覚えるの速いから。小澤さんが来るとなると、みんなの間にすごい緊張感がみなぎるんですけど、弾くことに対する緊張や不安はもう無いんですよね。ひたすら小澤さんから何を吸収するか、ということだけに集中できる。弾くことに対する緊張じゃなくて、音楽に対する集中というか。そういう空気感は、ある程度カリキュラム化されて時間が決まっている学校のオケや、プロのオーケストラではなかなか起こりえない現象だと思います。
お二人が音楽塾に初めて一緒にご参加されたのは2007年の『カルメン』でした。初めてオペラを演奏してみて、いかがでしたか?歌手の歌に合わせるのに苦労する、という話を塾生から聞いたことがあります。
(猶井)オーケストラピットに入って、自分の頭の上から歌が流れてくる感じがすっごく楽しかったです。ピットに入るというのはこんな面白いのかと、もう一度やりたいなと思ってるぐらいです。
歌手に合わせることに関しては、小澤さんがおっしゃっていた「聴け!」を思い出します。ピットの中では小澤さんのことをガン見しながら弾いています。だけどある時、「はっきり言うけど、(僕の指揮は)見なくてもいいんだよ」って言って、たまにわざと振らない時がありました。「あっ、“聴け”ってことなんだな」と思いました。みんなが“聴く”のを忘れた頃にぱっと振るのやめるんです。そうするとみんな耳をめっちゃくちゃ開いて“聴き”はじめる。小澤さんはそれをわかってて、そういう訓練や教育をしてくださったんだと思います。
(横溝)小澤さんはオペラを“総合芸術”とよくおっしゃいますが、まさにその通りだと思うんです。歌手や演奏家だけでなく、裏方さんたちも入れるとものすごい数の人が関わっている。「オペラは総合芸術」っていう小澤さんの言葉が“なんとなくわかる”ぐらいだったのが、初めてリアルな体感として「あぁ、こういうことか」って理解しました。
歌手の方と合わせる難しさでは、先ほど話した通り相当な練習量を積んでいるので、弾くことへの不安はほとんどないんです。僕らの時は、矢部達哉さんや豊嶋泰嗣さんが講師としていらっしゃっていて。
(猶井)エリック・シューマンもいたよね。
(横溝)エリックもいたね。錚々たる方々がいてくださったので、「全く不安はない」っていう感じだった。どこのオーケストラにもある現象ですが、後ろの方に座っていると探りながら音を出してしまうんです。だけど小澤さんがよくおっしゃっていたのが「後ろの方からも音出して。もしそれでズレたり、早く(音が)出ちゃったりしても全部俺が責任取るから、勇気をもって弾いてくれ!」ということ。本当に何度も繰り返しおっしゃっていて、それを聞くうちに、どんどんそれでいいんだって後ろの方も思えるようになりました。
ピットの中は舞台より狭いので、そういう中でどうやって耳を使うかや指揮者に対してどう反応していくかというのも学べました。僕にとってはオペラで演奏するのがものすごく楽しい事だったので、全員で撮った集合写真は今でも僕の練習室に飾ってあるんです。
(猶井)オペラって、本当にお金がかかりますよね。各国から一流の歌手を呼んで、大掛かりなセットを作って。それを大学生の時に経験できるなんて、どれだけ贅沢な勉強だったんだろうと思います。
2007年 『カルメン』での1枚。ヴァイオリンセクションの前方に猶井さん、後方に横溝さんがいらっしゃる。
同じく『カルメン』でのオーケストラピットの様子。ギュウギュウに詰まっているのがわかる。
先生方から受けた指導で、今も覚えていることや印象的な指導はありますか?
(猶井)ベートーヴェンの交響曲第7番をやった年のことですが、ジャーンっていう最初の和音について豊嶋先生から指導を受け、結果、一人ずつ弾かされたことがありましたね…(遠い目)。
(横溝)突然のオーディションみたいな感じだったよね。
(猶井)冒頭の和音を一人ずつ弾くんですけど、(豊嶋さんの声真似をしながら)「お前、今の和音で満足か!?」みたいなことを言われ(笑)
(横溝)あった、あった(笑)
(猶井)「それがお前の最高のラドミラ(和音)か?」って言われて、「違います」と返すしかないという(笑)
(横溝)まるで運動部だよね(笑)
(猶井)だから、今でもベト7を弾くたびに心の中で「今の違います」って思ってしまう…(笑)
今回の特別公演でベト7演奏しますね。豊嶋先生を見返すチャンスでは?!
(猶井)あの時より成長してないってなったら……絶対やだ(笑)
(横溝)よかった、パート違って(笑)(*特別公演で横溝さんはヴィオラを演奏)
横溝さんが覚えていらっしゃることはありますか?
(横溝)原田禎夫さんから「もう弓を使うな!ちょん切ってやろうか」ってよく言われてたな。どういうことかと言うと、弓を端から端まで使うか、短く使うかっていう話です。これは禎夫さんのポリシーみたいなところもありますよね。禎夫さんは弓をゆっくり使い、中身のある音を大事にされています。特にチェロの子たちにはそう指導をされていたと思います。我々ヴァイオリンは弓を大きく使ったほうがフワ~と音が鳴ったりするので大きく使いがちなんですが、禎夫さんに見つかるとすごい怒られて、「弓を切って半分のサイズにしてやる」って言われてた(笑)
音楽塾では、自分の楽器とは異なる先生方が指導する姿も目の当たりにしますよね。例えば、違う楽器の先生がおっしゃっていたことで発見したことはありましたか?
(猶井)「運命」をやった時に、コントラバスの河原泰則さんがおっしゃっていたことを今でも覚えています。第2楽章で、ヴァイオリンが主旋律を弾く間にコントラバスが刻むリズムの説明をしていらっしゃったんですが、まさにそうだなっていう表現をされていて、音楽的に納得できたんです。何も気にせず弾いてしまうところをその表現を聴いて変わった。勉強になりましたね。
(横溝)ヴィオラの川本嘉子さんとは実験的なことを色々しましたね。真っ暗にした部屋の四隅に散らばって弾いたこともありました。要するに耳をものすごく開いて聴かないとお互いの音をキャッチできないし、部屋の四角にいることで音の時差も生まれる中でどう合わせるか、という訓練です。これは印象に残っていて、今でもたまに使ったりしています。
またベト7の話になりますが、最初のジャンッという和音を深い音にするための練習もしました。いつもなら椅子に座って練習するところを、その椅子を外されて、空気椅子の状態で1曲まるまる弾かされました。まるで運動部のようですが、太ももにグッと力を入れると、確かに音がちょっと深くなるというか。それは今、N響で弾くときも意識しています。そういうことも教えてもらいましたね。
2007年 横溝さんの初参加時。奥志賀での合宿中の1枚。
聞き手:小澤征爾音楽塾広報(関歩美)
収録:2021年2月